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ESRの選び方SELECTION GUIDE for EPR INSTRUMENTS

1.カタログスペックの単純比較に意味がない

 我々が電化製品などを類似商品の中から選んで購入する場合、よくカタログの仕様を比較します。パソコンだったらCPUの性能やメモリ容量などを比較し予算と照らし合わせて妥協します。この方法が有効なのは異なるメーカによる仕様書の内容が比較可能でしかもその性能値の高いほうが良い商品だということがほぼ保障されているからです。しかしESR分光計の場合はスペックの数字だけに惑わされてはいけません。大事なことはユーザ自身が測定対象を明確にし、それによってこだわるべきスペックをあらかじめ理解しておくことです。
 例えば測定対象が溶液中の有機ラジカル、すなわちg=2近辺のサンプル、しか測定しないとわかっているときに、磁場が1500mTまで出せるものを選んでも無駄です。この場合は400mT程度まで出せれば十分でなるべく小さな電磁石のものを選んで省エネ・ランニングコストの極小化を図ることが理に適っています。また、比較的高濃度のラジカルを定量するだけであるのに高感度のものを選択しても意味がありません。
 カタログスペックの中に「磁場の均一性」という項目があります。確かにこれが劣っているとESRスペクトルの線形がブロードになり細かい有機ラジカルの超微細分裂の観測が困難になります。そこでそういった有機ラジカルの代表であるガルビノキシルのtert-Butyl水素による超微細分裂がしっかり観測されることを売りにする(または1つの性能評価基準とする)ことが行われてきました。しかし、そのような有機ラジカルの測定が論文になる時代は1980年代には既に終わっており、現在は特に応用研究の分野では再現性の高い定量ができることが重要視されます。均一性の高い大きな電磁石には精度よく作り上げられる職人芸が必要でそれが単純にコストを押し上げます。一方、磁場が多少不均一でも再現性さえあれば定量には全く差し支えありませんので、磁場の均一性より安い装置のほうに価値があるわけです。
 また、感度やS/N比といった重要な指標は、メーカが最も好条件で自分に都合のよい測定を行った場合のものですし、そもそもメーカ間では測定条件・手技が異なり比較に意味がありません。携帯電話のベストエフォートの通信速度のようなものです。ユーザのサンプルは水溶液などはるかにQの悪い悪条件で測定されるのが普通であるため、感度やS/Nの比較は実際にユーザのサンプルを測定して比較することが必要です。S/N比については測定時に最初から積算をかけた後の信号や、大きな時定数(ノイズフィルタ)をかけた後の信号を使用していることがあるので中々眉唾物です。つまりこれらの値はメーカのお手盛りであるといって過言ではありません。
 以上のようにユーザが表面的なカタログスペックに惑わされると、メーカ自体もこのような無意味なことに力を入れざるを得なくなりお互いにLoss-Lossの関係になってしまいます。

2.見た感じで選んではいけない

 結婚相手を見た目で選ぶことはある程度意味のあることかも知れませんが、ESR装置は見学者など対外的な宣伝やアピールが重要である場合を除き見た目で選ぶことは愚かで、地味にユーザの目的に沿った結果を安定的に出し続けるものを選択しなければなりません。ただ、装置を比較検討する際、性能面での相違があまり明らかでないとなった時、人間どうしてもかっこいい方を選んでしまいがちです。
 外観すなわち工業デザインは性能に直接関係はありませんが、それを良くするために筺体の材質やデザイン設計などにコストがかかります。一方ESRはある意味特殊な装置ですから類似装置であるNMRと比較しても遙かに少ない台数しか需要がありません。多量に売れる製品のデザインにコストをかけても1台当たりにすれば大したことがありませんが、少量の製品の場合は当然工業デザインそのものが製品価格を押し上げます。ユーザの立場に立てばメーカはデザインに金をかけないという判断になるべきですが、デザインを良くしているということはユーザの見た目で選んでしまうという性向を利用して製品を売ろうとしているということになります。つまり見た目のよい装置に対してはESRユーザは無意味な金を払うことになります。
 見た目で選んでしまう前に以下のような検討事項も加えて考えてみましょう。1つめは、使い勝手など測定手技全般を振り返ると装置の電気回路的性能よりも重要ものがある可能性があります。例えばキャビティへ試料を挿入し固定する場所やサンプルホルダの形状は、繰り返し測定時の定量再現性に影響する重要な要素で、測定し易さにも直結します。2つめはソフトウェアの出来です。通常メーカはソフトウェアについては、機能の多さや特定の解析手法の特徴をアピールします。そして機能の多さをアピールしたいがためにあらゆる要素を1画面にてんこ盛りにしたようなソフトウェアになりがちで、結局初心者ユーザがパソコン画面を見ても、まず何をすべきかさっぱりわかりません。
 各ユーザが常にすべてのソフトウェア機能を使用することはあり得ません。家事のしやすい家では動線が重要視されるのと同様、ソフトウェアも良く使う機能と稀にしか使用しない機能を設計段階からランク付けし、ユーザが使用する順番を考慮した使い勝手のよいソフトウェアを選ぶことが重要です。また、ESRは理屈が難しいので新人さんの教育に難儀しますが、ユーザ目線で作成されたソフトウェアなら新人さんもすぐに測定に慣れることができます。つまり、自分のサンプルを持って行って測定させてもらい、ソフトウェアを使いこなすことによって装置を比較しましょう。
 ある施設のESRはR(曲線)が多用された美しいフォルムを持っています。ところが水溶液用の偏平セルをキャビティに挿入した後に外部から光を照射してラジカルを発生しようと思ったとき、そのメーカーのキャビティの正面の光照射口が金属のスリットでカバーされていて光が充分偏平セルに当たらないということが後からわかりました。仕方がないのでキャビティの下の穴から光を照射しようとしましたが光を当てる角度が悪くラジカルの発生効率は悪いままです。怒ったユーザはメーカにキャビティの中に照度計を入れて十分光が当たるよう改良するよう要求しました。キャビティの中にはサンプル以外何も入れないのが基本なのでユーザの要求は頓珍漢なのですが、こんな馬鹿げたことになるのは、ユーザに測定対象と対応する装置の仕様に関する明確なビジョンがなかったことに原因があり自業自得といえます。

3.営業マンの口車ではなくサポート体制を重視する

 ESRのような高額商品の場合不動産などと同じで営業マンはそれなりに訓練されているため、営業トークがかなり洗練されているメーカもあります。従って、ユーザ側に知識が不足していると営業マンの口車に乗せられてしまいます。それに対抗し真にユーザに最適なESR装置を選択するには、まず目的の近いESRユーザのところへ見学に行き意見を聞くことをお勧めします。それも別メーカのESR装置を持つ複数の所有者のところへ行くべきです。また見学に行く前にできる限り自身の目的を明確化し、見学先ではそれに沿った質問を行います。そこで得た問題点を営業マンにぶつけて見ましょう。それに営業マンがうまく対応できないようでは、そのメーカの装置はユーザに適合していないと判断できます。
 しかし、営業マンもそのような質問でめげるようでは半人前なので、ほとんどの場合うまくかわされるでしょう。その場合はメーカのサポート体制という視点から検討することをお勧めします。類似装置であるNMRは主に物質の同定・定性という汎用的な測定が主な目的ですから、一旦汎用的な測定法を身につければほとんどの測定対象に対して対処できます。ESRの場合もルーチン測定を繰り返すだけなら、最初にその方法をマスタしてしまえば問題ないでしょう。しかし、ESRの専門家でなければ、ESRで別のことを始めようとした途端に最適な測定方法がわからないという問題にぶち当たります。そのとき頼りになるのはメーカのサポートのはずです。
 ESRは元々物理系の装置ですが現在のESR応用分野では特に化学的に広範な知識を持っていることがユーザ対応に不可欠です。ところが、ESR装置メーカの人材はほとんど電気回路とか機械設計とかの人で、まともなユーザ対応ができる人材が枯渇しています。従って、ESRを売った後は全く連絡を寄越さないとか、うまく測定できないことを訴えても、「どこそこの先生のところではちゃんと測定できている」などと言ってまともに対応しないということが起こります。この辺のサポート事情はESRを購入する前にしっかりESRユーザから仕入れておきましょう。元々専門家でない人がESRで結果を出すには、ESR装置の性能よりもサポートの方が大事です。
 ある施設でニトロキシドラジカルのg値を測定しようとしたが、現有のESR装置のソフトウェアでは簡便にg値を得る方法がないということで営業マンに言ってg値測定ソフトを作ってもらったところ、ニトロキシドラジカルの信号に存在する計6個の最大値と最小値を捕えて6個のg値を表示しました。ニトロキシドラジカルのg値は信号の中心の磁場位置から算出されるただ1つの値ですが、そのような基本的な理論すら理解していない営業マンorプログラマがメーカに巣食っているということです。
 最近では一重項酸素が活性酸素関連で注目されていますが、その測定にTMPDという環状2級アミンをプローブに用いることが昔Natureに発表され、現在でもある程度その信者が業界に存在します。TMPDが一重項酸素と反応してニトロキシドラジカルが生成しESRで観測されることは事実ですが、逆は成り立ちません。「未知の対象にTMPDを投入してニトロキシドが観測されたら一重項酸素が発生している」すなわちTMPDに一重項酸素に対する特異性があるという考えは間違っています。有機化学の知識があれば、TMPDが何らかの原因で酸化されてニトロキシドラジカルになり、その酸化は化合物の構造上非特異的であるという予想は容易につきます。ところがあるメーカのユーザ担当者は「TMPDで特異的に一重項酸素を検出できる」とする論文を真に受けてその方法をユーザに勧めてしまいます。当社はTMPDにヒドロキシルラジカルを反応させるとニトロキシドラジカルが生成することを確認しています。この実験はとても単純で口で理屈をこねる前に手を動かして確かめれば済むことですが、「TMPDの一重項酸素特異性が論文に書いてある」と眉唾論文を鵜呑みにし自身で手を動かせない人がESRユーザ担当として存在したりします。
 メーカのサポートがなくても身近にESRの専門家がいればユーザのやりたい測定を実現できますが、それでも前述したような光照射装置などの別アクセサリが必要でシステムに変更を加える必要があるときなど、どうしてもメーカのサポートが必要になることがあります。

4.目的の明確化・実サンプルでの比較

 以上述べましたように、ESRを購入する際には購入目的・測定対象を明確にすることが大切です。
 比較的大きな組織の共同利用施設など多数の人が使用する汎用的装置としてESRを導入する場合でも、ESRユーザがわかっている場合には必ずすべてのユーザの目的・測定対象を明確にして下さい。それによってそれらのすべての目的に合致するスペックを導き出します。
 目的、サンプルが明確化されたら、まず必要な最大磁場を決定してそれに合致するできるだけ小さな電磁石を持つESRに絞ります。最近の研究ではESR装置で結果を出すために光照射装置やフローシステムなどのアクセサリが必要な場合が多いので、Q-Bandでの測定、gの小さいESR(ウラニウムとか)、特殊な素材のESRが必須でなければ、営業マンの口車に乗って「汎用性」のために馬鹿でかい電磁石を選ぶのは愚かです。できるだけ電磁石を小さくして余ったお金はアクセサリ購入に振り替えるべきです。
 次に、自分たちのサンプル(またはそれに近いもの)を実際に測定させてもらいましょう。上述のようにカタログスペックは見ない方が良いです。特にQの悪いサンプルの測定を行う必要がある場合は、実サンプルでチェックすることが重要です。Qが悪くてもサンプル自体は安定で長時間の積算が可能な場合と、感度(S/N比)ぎりぎりで短寿命物質を捕捉する場合とではまた話が違います。そして上述のように装置の電気的性能だけでなくサンプルホルダなどの測定手技に関する問題やソフトウェアの出来もテストします。定性分析に必要なスペックは感度、S/N、磁場の均一性で、定量分析に必要なスペックは測定再現性なので繰り返し測定してみましょう。
 また、特に利用方法が一定しないような汎用機ではユーザのニーズも変遷するため、それに迅速に対応可能なサポート体制をメーカが持っているかが非常に重要なファクタとなります。

5.各社製品の特長

(1) 高感度でS/N比の大きいBrukerの汎用機
 短寿命で濃度が低い不安定な常磁性種を捕捉する必要があるときには、当然高感度・低ノイズのハイスペックなものが必要になってきます。そのいう意味ではBrukerの大型汎用機は、当社の独断と偏見ではゲインを上げた時のノイズが小さくそれに低周波成分がほとんどないようなので、高価ではありますがESR分光計の電気回路的性能としては最適ではないかと考えられます。ただ、その常磁性種を発生させるテクニックとESR装置との相性(例えば数秒しか発生しないのに、ソフトウェアが鈍臭くてその発生時期にうまく測定できないとか)などは総合的に検討すべきです。

(2) あらゆるシーンに対応できるJEOL RESONANCE製ESR分光計
 ESR測定は個々のユーザ毎に測定対象がますます特殊化していく傾向にあります。そして、ESR以外のアクセサリなどと組み合わせることによって特色ある測定結果を得て行く場合、ESR装置自体にユーザ個々のニーズに即応できる柔軟性が必要になってきます。そういう意味では、JEOL RESONANCEの装置は、ほとんどのユーザのニーズを満たす性能を持ちつつ柔軟性を持ち、メーカのサポートが得られるという意味で最適の選択肢となります。JEOLがサポートできない場合でも、当社が対応するソフトウェアやアクセサリを提供できます。

(3) 小型高性能なMagnettech社ESR分光計
 通常のESR分光計は大きなキャビティに対して均一磁場を負荷する大きな電磁石が必要なため、1トン以上の荷重がありそれを水冷せねばならず、また40Aといった大電流を流す必要があります。一方、Magnettech社は薄いキャビティと小さな電磁石を採用し、397 x 262 x 192 mm(WxDxH, 45 kg)というまさに卓上型のESRを供給しています。電磁石は空冷で1.2A程度の電流しか用いません。それでいて感度・S/N比・柔軟性は他社の汎用機に匹敵します。他社の小型装置や永久磁石を採用した装置と比較すると格段に高性能であることがわかります。当社はこの装置とともに、この装置のためのソフトウェア/アクセサリ/メンテナンスを提供できます。